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Report from Africaの最近のブログ記事

人間の命の重さ

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アフリカで取材をしてきて「過去に何度も何度も直面してきた壁」で、自分なりの答えがあったはずなのに、また迷いの袋小路に入ってしまいました。

実は先週の火曜日(11月30日)夜、滞在中の専属ドライバーとしてウガンダで旅行会社を経営する11年来の友人スティーブンが付けてくれていた男性が、私と別れ自宅に戻る道中、自動車強盗に襲われ右後頭部頭蓋骨陥没骨折の重傷を負いました。

彼には以前も何度かドライバーとして仕事をしてもらったことはあったのですが、身長165センチくらいで痩せ形、ウガンダ人としては小柄な部類に入る彼の印象は、無口なことも相まって正直あまり残っていませんでした。

しかし、今回会った時「つい先週、二人目の子どもが生まれたばかりなんですよ」と嬉しそうに語る彼の表情からは無垢な幸せがあふれ出ていて、「この人は信頼できるかも」と好印象を抱きました。 事実、事故に遭うまで約10日間毎日一緒に行動していたのですが、その仕事ぶりは非常にまじめで待ち合わせ時間にも正確。日当以上のお金を要求することもなければ一度もお釣りを誤魔化した事もない。そして肝心の運転技術も悪くない。とても信頼の置けるドライバーでした。

事件があった日、私はいつジェネラルから連絡がきても良いようにホテルで待機していたのですが、ホテルの立地がゴミゴミした場所にあるため、生憎ホテルおよび周辺にも駐車場がなく、彼には車を止めておける少し離れた郊外で待機してもらっていました。

時間が18時半になり、もう今日はダメだと判断した私は日当と明日ホテルにくるためのガソリン代を渡すため彼にホテルに来るよう伝えました。しかしいつもは10分程度で到着の連絡があるのにその日は30分以上経っても現れません。

事故でもあったのかと心配になり電話をかけると「すいません、なんか凄い大渋滞で全く車が進まないんです。急いだ方が良いなら、車はどこかに停めてバイクタクシーで向かいます!」と、周囲で鳴り響くクラクションに負けないよう焦った声を張り上げていました。

後はご飯を食べて寝るだけだった私は「特に用事があるわけでもないから、こちらは何時でも良いから、あなたに便利な方を選んでもらって良いよ」と伝え、彼は車でホテルに来ることを選びました。

彼がホテルに到着したのは19時45分。 もし今日ジェネラルに会うことになっていた場合、連絡から到着まで1時間以上かかってしまっては待機してもらっている意味がないので、「すいません、遅くなって。まったく車が動かない大渋滞で――」と謝罪する彼の言葉を遮り、「どこにいたの?こんなに時間がかかるといざというときに困るから、もう少し待機場所を考えて」とちょっと強い口調で伝えました。
そして20時前、日当とガソリン代を渡し翌日9時にホテルに来るよう指示し別れたのです。

しかし翌朝、9時どころか10時になっても彼は現れず、しかも何度電話をしても携帯電話が繋がりません。

「遅刻は仕方ないけど電話をずっと切っているなんて。残念だけど、彼もよくいるドライバーと同じだったのかな……」と失望した私は、彼の到着をあきらめ、タクシーでジェネラルの元に向かいました。

ジェネラルとスムーズに会え、さらにソマリア行きの許可も降り気分が良くなった私は「まあ、一回くらいは許してあげよう」と、14時頃、ちょっと遅いランチを取りながら「午後からで良いから来て」と伝えるため、再度彼の携帯に電話をしました。 が、依然「この電話は圏外にあるか電源が入っていません」というアナウンス。

「なにやってるんだろ?何か急に他の仕事でも入ったのか、それとも携帯を無くしたのかな?」
ふと気になり、何か知ってるはずだと思いスティーブンに電話をしました。 そしてそこで初めて、彼が前夜の帰り道自動車強盗に遭い、生死の境を彷徨っていることを知ったのです。

「多分彼はもうダメだと思う。深夜2時頃、路上に倒れてる彼を警察が発見し、病院に運び込んだそうなんだ。襲われたのは昨夜21時頃らしく、どうやら強盗を車に乗せてしまい走行中に大きな石で殴られたらしい。車は近くの路肩に突っ込んだ状態で発見されたんだけど、フロントガラスは割れフロントグリルもボロボロ。だから強盗も車を持って行くのはあきらめたみたいだ。ただ、彼が持っていた現金や携帯など金目の物は全て奪われてたよ。そして運転席と後部座席に彼のものと思われる大量の血溜まりが……。意識もないし医者も多分ダメだといってる」そう話すスティーブンの声は今まで聞いたことがないほど重く沈んでいました。

驚くと同時にまず最初に私が考えたのは「なんで車強盗の危険性が高いことが分かり切っている夜のエンテベロードで彼は車を止めたのか?」ということでした。

その行為は自殺行為であると、外国人の私でさえ知っています。地元民の彼にとって、そんなことは常識過ぎる常識のはず……。しかも知らない人間を車にのせるなんて、絶対にあり得ない。

「なぜ?なぜ?」頭の中で疑問ばかりが押し寄せてきました。

「私にもなぜ彼が夜のエンテベロードで車を止め、知らない人間を乗せたのか分からないんだ。ただ同じ日に数件同様の事件が起きて被害者が出ているから、組織的な犯行みたいだよ」。
スティーブンを始め警察も犯人にまったく目星はついておらず、今もすべては謎のままです。

残念ながらウガンダだけでなくアフリカの大半の国では、日本や他の先進国のように一般の人々が十分な緊急治療を受けることは、ほぼ不可能です。 彼の場合も同様で、病院に運び込まれた時に診察した医師は、意識のない状態に加え陥没した頭部の傷口と大量の出血などから「もう助からない」と判断し最低限の処置をしただけだったようです。

しかし不幸中の幸いで、他の被害者がバールで殴られていたのに対し彼は大きな石で殴られただけだったため、なんとか翌々日には持ち直し危険な状態を脱しました。

ところが今週になり、彼が頭部の異常を訴えたためCTスキャンを撮っ たところ、初期治療が不十分だったため、手術をして問題を取り除かないと四肢に後遺症が残ったり、最悪の場合は容態が急変する可能性があるということが判明してしまいました。

保険制度が浸透していないウガンダでは、その手術に要する費用は平均年収(約460ドル/世銀 2009)の数年分にもなり、とても彼の家族が負担できる金額ではありません。 しかし、日本人の私にとっては、気軽に出せる金額ではないものの、絶対に不可能な金額ではなく……。

この数日間色々と考えた結果、詳細な情報を医師に確認した後、彼の手術代を負担することにしました。

と、この結論にまっすぐ辿り着いたなら自分的には救われたのですが、数日悩み、さらに決めた今もまだ心がモヤモヤしています。

一年に一度しか来られない取材で身動きが取れなくなり、さらに16年間毎年続けて来たルワンダ訪問をあきらめる――。

頭では、「一人の人間の人生」と「わずか一度の取材」では、どちらが大切なのかすぐに判断できます。 しかし……。

今回の決断において最大の要素となったのは「私の決断がもう少し早ければ、彼は事件に出くわさなかった可能性が高い」「長時間一緒に過ごし情が沸いていた」「生後間もない赤ちゃんと不安に崩れ落ちそうなご夫人と会った」の3点です。

しかし――、 もし事件に巻き込まれたのが彼ではなく、数度顔を合わせただけの人だったら? もし彼に家族がおらず独り身だったら? もし彼の事故が自分と全く関係ないところで起きていたとしたら? もし最優先で考えている取材をあきらめる必要があったら?

延々と「if」が頭に浮かび、久しぶりに心の奥底にある薄暗い袋小路で、自分の本質と長時間向き合いました。

結局、明確な結論は今も出てませんし、永遠に出会えない可能性が高そうですが、改めて「アフリカ」と関わっていく難しさと、「アフリカ」に来て取材している意味を考えさせられました。

今はとにかく、彼の手術が無事に終わることを心から祈っています。


■地元の新聞に掲載された記事。一枚目の写真が彼
(※傷ついた被害者の方々の写真がそのままの姿で掲載されているので、血が苦手な方はクリックしないでくだい)
Bukedde.co.ug のサイトへ

20年目の初サファリ

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サバンナ

えっ、今まで1回もサファリに行ったことないの?!それはアフリカに関わる人として、ちょっとまずいんじゃないの~。広大な自然と野生動物たちを生で見ると、またアフリカを見る目が変わるから絶対に行ったほうがいいよ。

以前から何度も複数のアフリカ関係の知り合いに言われてましたが、生憎なかなか機会がなく、今まで見たことあるのは――


・ケニアの空港からナイロビ市内に向かうタクシーの中から見た、空港そばにあるナイロビナショナルパークのキリン(豆粒くらいの大きさ)。

・15年前に訪問したウガンダ国境沿いのルワンダ北部の草原で見たシマウマ数頭(タバコの箱くらいの大きさ)。

・子ども兵士の取材でいつも通るウガンダ中部を横切るナイル川にかかるカルマ橋近くに住むバブーン(間近で見られるが、日光いろは坂の猿なみに人間の物を奪いに来る。けっこう危険なヤツ)。

・中国人医師の肩書きで潜入したコンゴ民主共和国のガランバフォレスト(世界遺産)で見た、全長20センチくらいの鮮やかなスカイブルーの毒蛇の死骸。

・昨年ナイル川湖畔に建設中の豪華ホテルを見学中に20メートルほどの距離から見たカバの目と背中。

あとは、町中や道路を自由に歩く牛・山羊、鳴き声と新鮮な糞だけで姿は見たことないバッファローくらいでした。(マウンテンゴリラだけは、何度も何度も間近で見ましたが

アフリカの地に足を踏み入れてから20年目にして、今回、諸々の状況がうまく重なり、ついに初サファリに行ってきました。

なるほど確かに、「これがアフリカだ!」といわんばかりの遠く遠くまで広がるサバンナ。 そして、そのパノラマビューのそこかしこに野生動物が!!

ボホールリードバック

シャープな体のボホールリードバック

バッファロー

いぶし銀の渋い雰囲気が漂うバッファロー

カバ

やっぱり日中は目と背中しか見せてくれないカバ

ゾウ

突然木の陰から現れる重量感あふれるゾウ

キリン

遠い昔、日本の動物園で見たままの巨大なキリン

ゾウ

胸まで川につかりながら食事をするゾウ

ナイル川の源流

ナイル川の源流

そこには20年間見たことのないアフリカが広がっていて、改めてアフリカの魅力を知りました。(いや~、感動&興奮しました!!サファリに行くべきだと勧めてくれたアフリカ関係者の方々。皆さんの仰るとおりでした。ありがとうございます)

さて肝心の取材なのですが、子ども兵士関連の取材するため、ソマリア(可能であればLRAのいる中央アフリカも)へ従軍するため、現在重要人物数名とコンタクト中です。 昨年よりは順調にいっているので、早ければ数日以内には日程が確定できるかもしれません。(というか、確定したいです…)




【おまけ】

ご存じの方も多いかも知れませんが、アフリカにも動物園があります。 ここウガンダにも空港そばにあり、子ども達が学校の課外授業の一環で来ていたりします。
アフリカに住んでいても、基本的にはお金を出してサファリに行かなければ、主立った動物は見られません。
そのためアフリカに生まれ育った人々の中には、ライオンやゾウ・キリンなどを一度も生で見たことがない人も多いそうです。

アフリカの動物園

遠足で動物園を訪問し、チンパンジーを見て興奮する小学生たち。

ソマリア動画(2010年11月撮影)

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前回取材時に撮影してきた動画を簡単に編集しました。

モガディシュ到着→モガディシュの景色→AU(アフリカ連合)軍の装甲兵員輸送車での移動→モガディシュ中心部→AU軍とアルシャバブが奪い合っている戦術上重要な拠点のビルの屋上→AU軍コンパウンドへの帰投

という流れです。

いよいよソマリアへ

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ソマリア民兵

前回(2002年)訪問時のソマリア

紆余曲折がありすぎましたが、なんとか明日(15日)から水曜日(17日)まで、AU(アフリカ連合)軍として現地で活動中のウガンダ軍に従軍し、ソマリアの首都モガディシュに行けることになりました。

前回訪問したのは2002年1月。
当時のソマリアはたとえるなら日本の戦国時代。首都モガディシュの覇権を巡り、10近い軍閥の間で争いが行われていました。
その後暫定政府ができ、いくつかの軍閥間で和解もみられましたが、イスラム過激派が反暫定政府の武装勢力以来ソマリアの状況が大きく良くなることはなく今にいたります。

ソマリアの歴史・紛争の詳細はこちら(外務省HP)をご覧頂くとして、私の今回の取材目的は、今月初旬に国連でも報告された「武装組織による子ども兵士徴用問題」です。
ウガンダ北部の武装組織LRAに誘拐され、兵士にされた子ども達を長く取材させてもらってきましたが、どうやらソマリアも以前からの噂以上に、相当酷い状況にあるようです。

若干LRAのケースと違っているのは、誘拐ではなく本人の合意による徴用という名目になっていることなのですが、実際のところは避難民キャンプや市井で暮らす人々に強いプレッシャーをかけ、ほぼ強制的に子ども達を供給させているケースが多いというのが実態のようです。

本当は現在中央アフリカで依然、誘拐を始め残虐な活動を続けているLRAの取材にも行きたかったのですが、こちらは誰に聞いても「あ~、それは無理」との回答で、正規のラインでは行けなさそうなので、今回はソマリアに絞って取材をしてきたいと思います。

最も、実際に現場に行ってみないことには、何をどこまで取材できるか分からないのですが、3週間かけて得ることができたこの機会、しっかりと現地で何が起きているのか、見てきます。


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ウガンダ大統領選挙

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今年の取材で何度も行く手を阻まれているのは、ウガンダ大統領選挙キャンペーンです。

アフリカの選挙では血が流れるシーンばかりが日本には伝わりがちですが、日本の選挙とはひと味違い、なかなか面白いこともあります。

この動画は、最近必ず一日に一度は目にする、現大統領ムセベニ氏のオフィシャルラップビデオです。

現地の雰囲気もあるのでしょうが、ここ数日、耳から離れません…。





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コロンベ

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コロンベ

やっと14歳になっていたコロンベ(左から2番目)。

本日、娘のコロンベに会いに行きました。
前回会った時よりさらに少し背が高くなっていた彼女は、嬉しいことに今年からセカンダリースクールに通っているそうです。

そしてここ最近恒例になっている年齢について恐る恐る尋ねると、「14歳になった」とのこと。
長かった永遠の12歳がやっと終りました。(過去の記事参照

相変わらずシャイで、自分のことを話すときは呟くように小さな声なのですが、「得意な科目は英語とフランス語」というだけあって、英語は前回会ったときより遙かに上達していて、普通に会話ができるレベルになっていました。(次回は確実に私より上になってるんだろうな…)
ちなみに将来の夢は、お医者さんになりたいそうです。

ルワンダ内戦が生み出した戦災孤児の一人である彼女に初めて出会ったのは1997年。
おそらく彼女は2歳くらいだったと思います。
その後毎年写真を撮らせてもらってきたのですが、彼女はフランス語とルワンダ語しか話せなかったため常にだれか通訳が必要でした。(私もフランス語を勉強しようと本は買いました。本は…)
「いつか直接話しをしたい」というのが夢だったので、色々と話しができて本当に嬉しかったです。

マルティン家

私が名前をつけさせてもらった赤ちゃんと、その両親

そして、もう一つ嬉しいことがあります。

前回のルワンダ訪問中(昨年12月)、コロンベを育ててくれている家族のお嬢さんが男の子を出産し、その翌日にお祝いに病院に行ったところ、その子の名前を日本語でつけて欲しいと言われ、厚かましくも私が名付け親になりました。
(恥ずかしいので、どんな名前をつけたかは秘密です)

てっきり私はミドルネームだと思いこんでいたのですが、今日、その子にも会いに行ったところ、なんとファーストネームでした。

とても可愛い利発な子で、これからルワンダに来る楽しみがまた増えました。

明日、再びウガンダに戻り、再度ソマリア行きの調整に入ります。
なかなかうまく事が進まず、ちょっと落ち込んでいたのですが、このルワンダ訪問で色んなモヤモヤが吹っ飛びました。
また明日から気持ちを新たに、頑張ります!



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一週間経ちましたが…

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現大統領のムセベニ氏

ホテルを出たところに貼ってあった、現大統領ムセベニ氏のポスター

Twitterには書きましたが、今日は来年の選挙に向けてのノミネーーションデーだったらしく、コンタクトする予定の皆さん、大統領一緒に国内を走り回っているらしく、誰も携帯の電源が入っていませんでした。

日本を出発して、はや一週間。
焦る気持ちを必死で押さえています。

明日こそ、いい日になりますように!


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今回こそは!

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川になった道路を走る車

突然の雨で川のようになった道路。そこかしこで車がスタックしていた。

今回の取材、第一回目のブログ更新です。

更新があまりにも久しぶり過ぎて、自分で作っておきながら写真のアップの仕方をすっかり忘れていました…。

それにしても、Twitterいいですね~。
私の携帯はいまいち近い勝手が良くないので、どうしても誤字脱字が多くなってしまうのが難点ですが、htmlのタグも自分で書かなきゃならないブログと違って(自分でそのような仕様にしてしまったのですが…)、とても楽に書くことができます。

あと、ブログの場合は書くことをある程度決めてから書かなきゃならないのに対し、その場の状況を伝えるのをメインにTwitterを使うと、いつでも時間があるときに書けるのが本当に便利です。

ということで、今回は取材状況を伝えるのは「Twitter」、ある程度まとまった話や写真を掲載するのは「ブログ」という形で進めていきたいと思います。

本日は無事にキーパーソンに会えたものの、ひっきりなしに来訪者があり、とてもゆっくり話せる状況ではなかったので(まあ、ほとんどアポ無しと同じでしたから)、わざわざ夕食に招待してくれました。

前回と同じにならないように、しっかりと今後のスケジュールを組み立てて行きたいと思います。



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帰国しました

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木陰で休む子どもたち

ニコラスと一緒に暮らしている子どもたち。

予定通り先週金曜日(8日)、無事に帰国しました。
しかし、飛行機内の乾燥にノドと鼻をやられ風邪をひいてしまったようで、最後まで踏んだり蹴ったりでした。
幸い、土日は寝て過ごしたので、ずいぶん良くなりましたが…。

今回の取材自体は、正直、とても成功とは言い難い内容でしたが、「自分自身への戒め」と「今後どのように取材方法を変化させなければならないのか」を考える上では、非常に良い勉強になりました。

次回は夏頃を考えているので、それまでに高い授業料を払って得た経験をしっかりと自分のものにしたいと思います。

帰国の途へ

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夜の首都カンパラ

夜の首都カンパラ。町の中心にあるタクシーパークは帰宅途中の人々で賑わっていた。

いよいよ本日、帰国の途に着きます。

「今回の取材は空振りに終わった」と色んな人に愚痴っていましたが、冷静になって考えてみると、ここ最近がちょっとうまくいっていただけで、予定通りの取材が出来たことは、ほとんどなかったと、過去を振り返って思い出しました。

詳細な反省は帰国してからするとして、今回の最大のミスは、「大きな取材には、どんなにコネがあってもそれなりの時間が必要になる」という点を軽んじたことだと思います。

前回のガランバ・フォレスト取材は、たまたま幸運が重なり、偶然にも短期間で実現しただけなのに、今回はルワンダ大統領のインタビューと、ソマリア・中央アフリカ、そしてカラモジョと、わずか一ヶ月の滞在(それもクリスマス・新年を挟む最悪なタイミング)で全てを実現しようとした結果あまりにも単純であり、かつ初歩的なことを忘れていました…。

いい年をして恥ずかしい話ですが、今回の失敗を教訓に、次回以降に活かしていきたいと思います。

回線の都合等でアップ出来ていない「面白い話」や「ちょっといい話」もあるので、反省の意味も込めて、今回こそは帰国後に「まとめ編」をアップする予定です。

(付記)

このまま何もなしで終わるのはさすがに悔しいので、ちょっとした企画(結構無謀な)をウガンダで進めています。
こちらも時間がないので若干厳しいのですが、うまくいったらブログで報告します。

謹賀新年!――なのに仕事納め…

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コロンベとその家族

また一段と成長していたコロンベ(左から3番目)

あけまして、おめでとうございます。

私は新年をルワンダで迎え、翌2日、ウガンダに移動しました。
ルワンダで電源コードが破損し「帰国までPCを使用できないかも」と、心配していましたが、幸い、大半の店が閉まっている日曜日の首都カンパラを探し回り代替品を確保したので、ブログを再開します。
(4000円近くしましたが、電圧を調整でき、PCと接続する部分も各種アタッチメントで変更可能な優れものです。ただ、金属部分を触るとビリビリするのが難点です…)

ウガンダと日本の時差は6時間です。
今こちらは1月4日の深夜2時。

本来なら12月23日の記事で「最悪、すべての取材が駄目になった場合は―」と書いたように、昨日から准将と一緒にカラモジャ地方に滞在中のはずです。

「出発の予定が変わって4日出発になったから、明日(3日)もう一度電話して。詳細はそのときに伝えるよ」と、一昨日(2日)ルワンダを出発する前にかけた電話で確かにそう准将は仰ってました。

ギブアップ+ハプニング発生!

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ルワンダの首都キガリの

前回よりいっそう煌びやかになったキガリの夜景

いよいよ今日で2009年も最後ですね。
もうお気づきの方も多いかと思いますが、今回の取材で私が一喜一憂していた「某A国大統領へのインタビュー」というのは、今滞在中のルワンダ・カガメ大統領のことでした。

駐ウガンダ・ルワンダ大使が紹介してくれた担当者に、ウガンダを出発する前に「到着後、連絡するのでよろしくおねがいします」という旨のメールを送り、一昨日にルワンダ到着してからも電話をかけていたのですが、なかなか連絡が取れず、先ほどやっと話すことができました。(ルワンダの省庁は、31日も仕事らしいです)

が、結果は「ごめんなさいね~。年末なんで、さすがに色々と忙しくて、電話にでられませんでしたわ~。ん~、今日来てもらっても今日中に日程を決めることは出来ないんで、年明けの月曜日、4日に来てもらっていいですか。それから調整しましょう」、とのこと。

――、まあ、当たり前ですよね…。

ルワンダへ

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雨のカンパラ市街

雨のカンパラ市街

滞在中のカンパラでは、ここ一週間ほど、天気の良くない日が続いています。

結局昨日も大きな進展はなく、いつまでも待っているわけにはいかないので、本日夜、ルワンダへ移動することにしました。

残された日数は10日を切りましたが、未だこの先どう展開するかわかりませんが、とりあえず正月はルワンダで迎えることになりそうです。

半年ぶりにコロンベと会えるのが、楽しみです!

取らぬ狸の皮算用 in Uganda

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カンパラのショッピングモール

カンパラのショッピングモール「ガーデンシティー」の入り口で踊っていたサンタの人形。
買い物している人は、みんな楽しそうでした。なんてったって、4連休ですもんね。

久しぶりの年末年始にかけての取材。
すっかり忘れていたのですが、一つとても重要なことを思い出しました。

「この時期、人と会う事は、ほぼ出来ない」

今日は日曜日。
昨日は土曜日。

金曜日はクリスマス。

木曜日はクリスマスイブ。

こちらは、都合4連休です。

そして今週は年末。
しかし日本とは違い、こちらの休みは大晦日と元日だけ。

でも今年は――

状況は、さらに微妙な方向に

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ウガンダ北部の雑貨屋

グルの雑貨屋

昨日の決戦を終え、状況はさらに微妙になってきました…。

結局、某A国大使とは無事に会えましたが、「なぜに同時に…」と余計な心配をする必要もなく、ジェネラルからの電話はありませんでした。(むしろなくて良かった)

A国大使との面会は、A国で手続き上必要となる正式な形での書類提出を行った後、実際に大統領にインタビューしたい内容を具体的に聞かれました。

ナイル川のカバ

ナイルでくつろぐカバの群れ。
カバは糞をするとき、尻尾で自分の糞をまき散らします。今回は距離があったので大丈夫だったのですが、遠い昔、幼稚園の遠足で行った地元の動物園。間近から散弾銃のように襲ってくる糞から逃げまどう友人たちの姿。現場は阿鼻叫喚の地獄でした。

先の記事でキーパーソンから電話がかかってきたと喜び、慌てふためいてホテルを出て行こうとしたのですが、彼から教えてもらったら某A国側関係者の電話が繋がらない…。
「またか…」と気落ちしつつも根気よく30分毎にかけ続けたら、3時間後にやっと繋がったので、それはもう一生懸命に事情説明しました。

「○○さんの紹介で電話した■■という者で、△△という話などを貴国大統領に伺いたいので、是非ともその機会を与えてもらえないでしょうか?」と、拙い英語でまくし立てるように話し終わった直後、少しの間があり、

「すいません、何をおっしゃってるのかわからないんですけど…。あなた、どちらにおかけですか??」。

――教えてもらった番号、違ってました……。

待ってます…

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ウガンダを流れるナイル川

悠久の時を感じさせるナイル川の流れ

キーパーソンとその家族を20日の夕食に招待していたため、同日、グルからカンパラに戻りました。
前回のブログ更新時までは順調に進んでいた取材ですが、ここはアフリカ、やはりそんなに甘くはありません。

結局グルでの取材も、諸々の調整がうまくいかず、予定の半分くらいしか消化出来ませんでした。

そして、カンパラに戻ってきてからは、例の大統領へのインタビューの可否が確定するのを、いつものごとくホテルで待つ昨日今日です。
(可能でも不可能でも、とにかくこれが決まらないと、全く他のスケジュールを組めないんです……)

と、泣き言とグルの話をアップしようとしていた今、電話が!

すこし進展がありそうな気配なので、ちょっと出かけてきます。

グルには無事に到着したものの――

グルの町中

グルの復興は順調に進んでいる。
前回はデコボコの土の道路だった通りも、きれいに整備されていた。

グルには予定通り、(今回は車の故障もなく)一昨日の午後、無事に到着しました。
そして現在予定通り取材を進めています。

しかし、ネットへの接続にUSB型の機器を通して携帯電話会社が提供しているモバイルデータ通信サービスを利用しているのですが、利用者が増加したせいか、サーバーや回線自体の問題なのか、とにかく遅い…。
平均1KB/sにも満たない、気が遠くなるようなスピードです……。

しかもたびたびデータの送受信量が「0」になってしまうので、認証が必要なページにはほとんど接続できない状況で、ブログのアップはおろかメールの送受信もままなりません。

そのため今はサイバーカフェ(日本でいうところのインターネットカフェ)に来て、これを書いています。

ウガンダ北部へ

94歳の老人

カンパラ市内で出会った、グル出身の老人。彼曰く、1915年生まれの94歳とのこと。

某A国大統領インタビューに必要な書類は、なんとか月曜日の午前中に完成しました。
後はキーパーソンと大統領のスケジュールが空いているがどうかの運に任せつつ、本日(16日)から20日まで、ウガンダ北部・グルに行くことにします。

初訪問の2000年から今回で都合9回目の訪問になるのですが、本当に凄い勢いで復興と開発が進んでいて、相変わらずそれに伴った物価の上昇もすさまじいようです。
誰に聞いても「グル!? ホテルも食事も何もかもが狂ったように高いよ」と、その異常な状態はウガンダのみんなが知っているようです。

今回の目的は、数年前から追跡取材させてもらっている元子ども兵士のニコラスに会うことと、書籍用の追加取材としてLRA(神の抵抗軍)の母体になったといわれてるHSM(聖なる魂の運動)の創始者、アリス・ラクウェナの足跡をたどることです。(多くの方からお叱りを受けていますが、今回の取材を最後に、本当に今度こそ本格的に執筆します…)

メイン取材の調整は、あいにく鍵となる将軍二人と連絡がまだとれず、将軍たちの次に頼りになる准将は来週月曜日まで地方にいるとのことで、まだ棚上げ状態です。

前回は車が故障し、通常4~5時間ほどのグルまで12時間かかりました。(思い返しても大変だった)

明日は道中無事に何事もなく、着けることを心から祈っています…




【付記】
今回はスティーブンが、「グルにも暫くいってないし、久しぶりに一緒にいこうよ」と言い出し、今のところは5年ぶりに一緒に行く予定です。

(一応スティーブンは旅行会社の社長だったりします。なのに会社を5日間も空けていいのか?本人は「ノー・プロブレム!」と言ってましたが…)

予定外の展開

ホテルの部屋から見た雨模様

今日のスコールは結構長時間続きました。

昨日の結婚式の後、前回ガランバフォレストでの取材でもお世話になったウガンダにおける私のキーパーソンに会いに行きました。

目的はお土産を渡すことと、今回のメイン取材の可否についての感触を確かめるため

のはずが、思わぬ展開になりました。
メイン取材に関しては「いや~、あそこは本当に今は危ないからね~」と、あまり良い感触ではなく「やっぱり、場所が場所だけに、一筋縄ではいかないか…」と今後の手の打ち方について考え始めたところ、「後はどの国に行く予定なんだい?」との質問。

(あっ、話をはぐらかすつもりかな。そんなに厳しいのか…)と若干落胆しつつ、訪問予定の国名を答えました。

するとまったく想定していなかった質問が――
「某A国の大統領にインタビューしたくないか?」

青天の霹靂でした。

某A国大統領へのインタビューは、フリーの私にとってあまりにも壁が高いため、長年にわたり完全にあきらめていたのです。

もちろん私は二つ返事で「Yes!!」と答えましたが、気になるのはなぜ突然そんな話をキーパーソンが持ち出してきたかということ。
(まさか、また?)と思いつつ「ひょっとして、お友達?」と聞いてみたところ、「もちろん。とても親しくしているよ。ちなみに某B国の大統領も友人だから、インタビューしたいなら言っておくれ」との回答。

いやはや、なんと顔が広い…。
というわけで、うまく某A国大統領のスケジュールに空きがあれば、完全にあきらめていたインタビューが出来るかもしれなくなってしまいました。

もっともそのためには、明日中に英語で身上書などを作成して提出しなければならないのですが…。
間に合うかな……。

ウガンダの結婚式と披露宴

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結婚式中の新郎新婦

結婚式中の新郎新婦。一番右側にいるのが、スティーブン。

今までアフリカの結婚式は、モロッコとルワンダで参列させてもらったことがありました。
しかし残念ながら両方とも新郎新婦と直接の知り合いというわけではなく、その友人に招待されての参加でした。

残念ながら今回も新郎新婦とは会ったことがありませんでしたが、2000年にエボラ出血熱の取材に同行して以来の友人であるスティーブンが、花婿の介添え役である「Best Man(新郎にとって最も重要な人がお願いされる、とても名誉な役割)」として式に出るため、良い機会だから私にウガンダの結婚式を見てもらいたいと考え招待してくれたようです。
(*先日の記事で「媒酌人」と書きましたが、微妙に違いました)

飾りをつけた車

移動中に新郎新婦が乗る車は、リボンで飾りつけられています。昨日は日取りが良かったのか、式場に向かう間に20台以上、同様に飾り付けられた車を見ました。

式が行われている場所に私が到着した時、すでに式は終盤に差し掛かっていたのですが、幸せそうな新郎新婦の横で、新郎とまったく同じ衣装(そういう決まりらしい)を纏ったスティーブンが、予想通り、緊張してぎこちない笑みを浮かべている姿を見ることが出来ました。
(彼とは長いつきあいなので、双方の失敗や笑い話を知り尽くしています。たまにその出来事をネタに話をするので、今回の緊張した顔も良いネタになりそうです)

カンパラ

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カンパラの町並み。ごらんの通り結構な都会です。基本的な日常生活には、まったく困りません。

ウガンダ到着4日目。
昨日は無事にプレスカードも入手し、徐々に取材への準備を整えています。

それにしても相変わらず渋滞が酷い。
左の写真の通り、カンパラは結構な都会です。

そのため多くの車が町中に流入してくるのですが、その台数に道路のキャパが全く追いついていないため、いつも至る所で渋滞が発生し、クラクションが鳴っています。

さてさて、こちらも週末
窓の外ではパーティーがあるらしく、大音量で音楽が鳴り始めました。

今から私も結婚式に参列してきます。
10年来の友人であるスティーブンが、ウガンダ人カップルの結婚式で媒酌人をつとめるらしく、なぜか私も招待されました(新郎新婦とはまったく面識ありませんが…)

#.jpg

ホテルでの夕食。インド人が経営するホテルなので、ここのところ毎日インド料理料理三昧です…

それにしても、ウガンダの結婚式でも日本と同じように媒酌人というシステムが存在することは知りませんでした。

普段は過ぎるほど冷静沈着なスティーブンですが、特殊な状況下では意外と緊張するところもあるので、無事に媒酌人を努められるのか、見守ってきます

ウガンダ着

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ドバイの高級ワインバー

トランジット中のドバイにて。

今回は不時着でどこかの国に寄ることもなく、昨日、無事にウガンダに到着しました。

まあまったく何事もなかったというわけではなく、羽田のカウンターでチェックインしようとすると係員の方が「あれ??」というリアクション。
その後、何度もどこかに電話をかけて何かを確認している様子。

どうやら日程変更が完了していたはずのチケットが、実際は変更されていなかったようです。
結局、関西空港ですでにウガンダの代理店に支払い済みの日程変更代金を再度支払い、座席に空きがあったので何とか無事に乗ることが出来ました。

前回とは違い、比較的に順調にスタートした今回。
良い取材が出来るように、今から各種調整に入ります。

(写真説明)

世界的にそうなんだと思いますが、ドバイ空港における喫煙者の扱いは残酷です。
もし無料でタバコが吸いたいなら、だだっ広い空港のはずれにあるただ一カ所の喫煙所に行かなければなりません。
今回私が搭乗予定のゲートは真反対にあったため、片道15分もかかるというのです。
そんなに時間に余裕がなかったため、旅のはじめから贅沢だと思いつつも、出発ゲートのそばにあったもう一カ所の喫煙できる場所「高級ワインバー」に入ってしまいました…。

そこまでして吸わなくても。という声が聞こえてきそうですが…。

いよいよ出発です。が……

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ウガンダに残してきた荷物

これだけ現地に置いてると、スーツケースも軽いです

なんか変です。
思ったよりも準備が早く終わってしまいました。

ん~、でも忘れ物がありそうで怖い…。

前回、ウガンダの友人に重い荷物や日本で使用しない物を預けてきたので、いつもと比べるとパッキングも比較的スムーズに終わりました。

スーツケース内も余裕があるし(入っているのはほとんどお土産関係)、カメラバックもコンパクトな機材を導入した関係で、いつもより軽い。だからこそ、自分の性格を考えると、なにか忘れていそうで怖いです。

もっとも今までの取材も忘れ物しないで行ったことはないので、「何を忘れるか」が問題ですが…

軽くなったとはいえ結構な重さの荷物なので、いまから自宅までタクシーを呼んで隣駅まで行き、そこからリムジンバスで羽田空港に向かいます。

ではでは、無事に帰国することを第一に、1ヶ月間行ってきます!!

無事、帰宅

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本日午後22時過ぎ、無事に帰宅しました。

今回の取材行は、本当に色々なことがあり、良い経験ができました。

近いうちに、ガランバフォレストでの番外編を含め、総括編をアップしたいと思います。

ヘリに運び込まれる兵士

前線への食料補給が終わったヘリに運び込まれる、死亡したゲリラ

二泊三日の取材を終えて、本日の午後、無事にカンパラに戻ってきました。

ガランバ・フォレストでの取材は、非常に良い経験になり、且つ、いろいろなことを考えさせられる貴重なものになりました。

諸事情により、現地滞在中の私はジャーナリストではなかったので、メインの一眼デジカメは使用できないなど、いくつか制約はあったのですが、「前線へ食糧配給を行う部隊への同行」や「救出直後の子ども兵士の撮影・インタビュー」など、現在のLRA(神の抵抗軍)と子ども兵士がおかれている環境を知ることができる、非常に希有な取材をさせてもらえました。

もちろん全てを見せてくれていないのは重々承知の上で、一歩間違えると国際問題にまで発展しかねないリスクを負いながら、私のわがままを聞いてくれた関係者の方々に本当に感謝します。

今回の貴重な取材は、何らかの形で発表したいと思うので、詳細が決まりましたら改めてHPにて報告したいと思います。(実は発表方法にも、制約があるんです。なぜならある関係者によると、ウガンダ・DRコンゴ・スーダンの三国合同作戦が開始された昨年12月以降、現地にジャーナリストを入れることは禁止されているとのこと)


さて、いよいよ一ヶ月にわたる取材を終えて帰国を残すのみとなりました。というより、本来ならすでに今日、件のカタールエアで日本に向かっていなければならないのですが、残念ながら昨日ガランバ・フォレストに迎えの飛行機がこなかったため、まだウガンダにいます。

念願のガランバ・フォレストへ

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大きな地図で見る

昨日・一昨日と、ホテルでひたすら電話とにらめっこをして過ごしました。

が、残念ながら一向に連絡がこず、イヤな予感がして本日の朝、ジェネラルに電話をしてみたところ、「あぁ、そういえばそんな話が…」というリアクション。(滅茶苦茶忙しそうなので、私のことなど忘れて当然なのですが) 「今年の流れは止まらないのか…」と、一瞬がっくりと肩を落としたのですが、「ちょっと待ってて。すぐに折り返すから(とても紳士な言葉遣いな方で、私の中で日本語に訳すとこんなイメージ)」と、ちょっと希望を持てる回答が。

そして数分後。着信音がし、液晶にはジェネラルの名前が!

「いまからすぐに私のオフィスにこれるかい?」
「もちろんです!!」
「じゃあ急いできておくれ。軍司令部まで案内する者をつけるから」

押っ取り刀でジェネラルのオフィスに向かうと、「軍司令部には話を通しておいたから、詳細は向こうで詰めてきて」とのありがたい言葉。

感謝の言葉を述べつつ、その足で軍司令部に。

ウガンダを横切るナイル川

ナイル川にかかるカルマ橋からの眺め。以前はLRAによる襲撃が予想されるため、18時以降の往来が禁止されていたが、現在は24時間通行可能になった。(本文とは関係ありません)

本日の昼。未登録番号からの電話。
「まさか?!」と思いながら出ると相手は、ジェネラルご本人。

緊張しながら、「ガランバ森林で行われている『ライトトニング・サンダー作戦』にウガンダ軍と同行したい」旨を伝えると「OK。アレンジするよ」とのこと。

これは行ける可能性がグッと高まってきたような気がします。

が、問題は時間…。

果たして、間に合うのか!?
今度は時間との戦いになってきました…。


ジェ、ジェネラル!?

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リクルート中のウガンダ軍兵士と志望者

入隊試験に場違いなTシャツの志願者(本文とは関係ありません)

やはり、切り札の力は凄かった。

なんと相当な権力を持つ方の兄弟で、過去大臣も務めたことのあるジェネラル(将軍)を紹介してくれました。

ただ相手はジェネラル。
そう簡単に会えるわけもなく、現在先方からの面会時間指定待ちです。

切り札の方は結構仲が良いらしく、丁度昨夜も一緒に夕食を過ごしたとのこと。わざわざジェネラルに直接電話をかけてくれたので会えることは間違いなさそうなのですが、いつ会えるかにより、残り時間との戦いになりそうです。

とりあえず本日はもう電話がこなさそうなので、明日来ることを待ちつつ、何があっても良いように軍広報責任者に言われたとおり、作戦地域となっているコンゴ民主共和国のビザだけは明日のうちにとっておこうと思います。

起死回生となるのか、やはりこの流れには勝てないのか、こうご期待!


突然とスコールと雷雨

突然とスコールと雷雨(手持ちで1分のバルブ撮影なので、ブレブレです)

本日首都カンパラに戻ってきました。

それにしても、今年は本当に凄いです。何がって残念ながらタイトル通り「不運」がですが…。

現地で会った日本人の方々には、毎回ネタとして自慢げに語ってしまっているのですが、緊急着陸で始まった今回の流れはグル滞在中も変わることなく続きました。

以下、道中での車両故障で始まったグル編です。

可能性が少し

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入隊希望者を前に演説をするグル県長

グルに到着して早三日。グル内部の取材に関しては、軍関係者との交渉はうまく運び、本日はウガンダ国軍入隊試験を取材させてもらいました。
まあ外国人ジャーナリストに取材を許可するだけあって、本日の入隊試験は非常に公正で厳しく、とても常識的なものでした。(これが全てではないと思いますが)
また現在ウガンダ北部地域広報担当大尉は、以前に何度か会ったことがある人だったため、色々と情報をもらい、今回の最大目的地であるLRAが潜伏しているガランバ森林に行ける可能性が出てきました。
後は明後日、首都カンパラに戻ってから軍本部との交渉次第です。


転職しよっかな

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ジャーナリストと名乗りながら、何もジャーナリストらしいことを伝えていない今回の取材記。

旅行ライターという職業だったら、結構面白いんではないかと思う今日この頃です。(ただの愚痴のような気もしますが)

まだまだ私の好調は続いていました。
以下、疲れたので簡単に報告。

とりあえず一度、ウガンダ北部へ

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カンパラにあるゴルフコースホテル

ちょっと高級なホテルのカフェ。

今日は早起きです。
なぜなら本日、北部に移動するからです。

一年半という時間は思ったよりも長く、キーパーソンとなる予定だった人たちが異動していたり、数日前に内閣改造などがあったりして、このまま首都・カンパラにいても状況に変化かない可能性が高いので、とりあえず一度、当初の予定通りの日程でウガンダ北部に行くことにしました。

到着後は、ウガンダ軍北部地域広報責任者や現地新聞記者などに会い、随時調整を進めていく予定です。

話によると北部のホテルでも無線LANが設置されているところがあるとのこと。

今までは毎回ネットカフェに足を運んでいたのですが、停電などで使用できないことも多々あったため、今回は念のためウガンダで最も新しいデータカードも新たに購入したので、現地から問題なレポートを届けられる予定です。
(ウガンダでも普通に使えるという話で買ったケニアのデータカードが、実際は非常に繋がりづらかったため)

いよいよ今回の取材も終盤に差し掛かりつつあります。このままだと単なるアフリカ旅行になってしまうので、そろそろプロらしい仕事をしっかりしたいと思います。

ウガンダよ、お前もか!?

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アフリカの大地

ルワンダからウガンダへ向かう機上より

16日にルワンダを発ち、同日無事にウガンダに着きました。

しかし、まだトラブルは続き、まずは関税で
「なんでお前はこんなに電源コードをたくさん持っているんだ!」
「だって、機材ごとに充電器やアダプターが違うから仕方ないでしょ?」
「そんなことは知らん。怪しいやつめ、いまオフィサーが来るからここにいろ!」と足止めをくらい。
(幸いオフィサーが少し遠いところにいて面倒だったらしく、そのまま解放)

永遠の12歳、コロンベ

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コロンベの笑顔

1年4ヶ月ぶりにあったコロンベは、驚くほど身長が伸びていた。

先週末の土曜日と本日(15日)、我が娘・コロンベ宅を訪問してきました。
コロンベとの出会いは11年前。キガリ(ルワンダの首都)の町中にあったTOFU屋の取材が始まりです。

当時、色々と重すぎるルワンダの過去と現実に打ちのめされていた私は、今後どのようにルワンダの取材を続けていけば良いのか深く悩んでいました。
そんな時、偶然取材することになったTOFU屋で、その女主人に引き取られ育てられていた戦災孤児のコロンベと出会い、その屈託のない笑顔を見た瞬間、「この子の成長を通して、ルワンダという国を見続けていこう」と思いついたのです。

以来11年間、勝手に娘だと思いこみ、毎年彼女に会うのを楽しみにルワンダを訪問しています。

さて、1年4ヶ月ぶりの再会となる昨日は、偶然にもバレンタインデーでした。
前回訪問時は12歳だったコロンベ。

「今年は14歳。日本だともう中学2年生だし、今までみたいに文房具とお菓子のプレゼントというのも、そろそろ卒業かな。しかも今日はバレンタインデーだしなぁ」と散々迷ったあげく、白とオレンジの花柄のワンピースと花を手に彼女の家に向かいました。

(ご存じの方も多いかと思いますが、日本とは違い世界的には男性から女性に花やプレゼントを送るのが一般的です)

雨のためゴリラ中止

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ゴリラトレッキングのパンフレット

ゴリラトレッキングのパンフレット

一昨日、ルワンダに無事着きました。
が、空港到着早々強烈なスコールに歓迎され、昨日・本日とも定期的に雷を伴う雨に見舞われています。

そのため、当初はマウンテンゴリラの撮影を予定していたのですが、ここ最近のツキのなさを考え、今回は見送ることにしました。
実はマウンテンゴリラの撮影は、結構ギャンブル的な要素が強いのです。

ゴリラトレッキングをする際には、「ゴリラの前で食べ物を食べてはならない」とか、「写真を撮るときフラッシュを使ってはならない」とか、いくつかルールがあります。
そしてその中にある「7メートル以内に近寄ってはならない」というルールが、ゴリラの撮影を非常に難しいものにしているのです。

写真が好きな方はよく分かると思いますが、撮影をする時に「被写体が動かず、さらに撮影位置も固定」という制約があると、レンズを望遠と広角に切り替える位しか構図に変化をつける方法がありません。
まさしくその条件の下、行わなければならないマウンテンゴリラの撮影。
さらに7メートルという距離の制約があるため広角レンズはほぼ使えず、晴れている時でさえゴリラが活発に動いてくれず昼寝をしたりすると、常に同じ構図の写真しか撮れません。


ルワンダへ

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090211_03.jpg

10時半にはチェックアウトしなければならないため、現在はホテルのテラスで作業中。

本日の夕刻、ケニアからルワンダに移動します。
色々貴重な経験が出来たのは良かったのですが、日程的には予定の3日遅れです。

今回、メインの取材として出発前に考えていたのは、長年続けているウガンダの子ども兵士問題関連として、現在コンゴ民主共和国内にいるLRA(神の抵抗軍)か、ここ最近「海賊問題」でたまに耳にするソマリアの首都モガディシュを6年ぶりに訪問するか、のどちらかでした。


昨日、「私の体」は無事に本来最初に訪問する予定の国・ケニアに到着しました。

なぜ「私の体」かというと、充電器や接続ケーブルなどを詰め込んだスーツケースは、まだどこかの空をさまよっているからです。

ほぼすべてを電子機器で固めた私の取材は、電気や充電器がないと、もうそれは悲惨なものです。
電気がない場所に行くこともあるので、それに対する対策はしていたのですが、それらのすべてもスーツケースの中。
もう手も足も出ません。

昨日あたりから機内持ち込みにしていたカメラやPC、携帯電話が次々と力尽きています。
なんとか今日の便で届くことを祈りつつ、今から空港に行ってきます。

緊急着陸

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予定通り2月4日の夜、なんとか日本を出発しました。
が、本来ならすでにナイロビに着いているはずなのですが、いま私はカタールの首都ドーハにいます。

なぜなら、一昨日夜、関空からドーハに向かい出発した機体に深刻な故障が発生し、中国の西端に位置するカシュガルという町に緊急着陸したからです。
そして先ほどやっとドーハに着いたのですが、ナイロビ行きの便は明朝までないため、本日はドーハ市内の高級ホテルに宿泊中(もちろん航空会社持ち)です。

詳しくは明日ケニアに着いた後報告しますが、出発早々思わぬ展開で、緊急着陸、ウイグル自治区、ドーハと想定外の体験をしました。
(ラッキーなのかアンラッキーなのかわかりませんが…。)

Report from Africa 2007

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2007年取材時の報告は、旧ブログ内のページにて
http://rtp-africa.com/cat5/2007/

Report from Africa 2006

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2006年取材時の報告は、旧ブログ内のページにて
http://rtp-africa.com/cat5/2006/